エアフランス機は下降をはじめる。アンデスの雲は分厚い。宮崎駿が好んで描くような雲の隙間から、はじめての南米の地が見え、期待が膨らむ。南米の地。ず~っと来たかったのだ。

アンデスの雲は分厚い雲の下はコロンビアの首都ボゴタ市だ。
都市の上を大きく旋回しながらランディングに入る。予想以上の巨大な街だ。当時600万人とも、戸籍を把握されていない住人を含めると700万人を楽に超えるのではないか、ともいわれていた。(100万人以上の遊民が確実に存在するということだ!)

数ヵ月間の滞在が予定されるので、宿はアパートメントホテルにとってもらっていた。センター地区にある老舗「テケンダマ(TEQENDAMA)ホテル」に隣接する、月額契約の長期滞在型のホテルだ。簡単な朝食が取れる程度で、いわゆるホテル的な設備はないが、ホテルの二倍以上のスペースに簡単なキッチンが付属している。価格は1ヵ月で10万円程度だったと思う。

なにより、数年にわたってボゴタに根をおろすことになる間接的な原因を作った、「あの落語のカセットテープ」を与えてくれたホテルだ。

その後、テケンダマホテルはインターコンチネンタルホテルに買収された。当時インターコンチグループは西武グループが所有していたので、間接的に日本人が経営するホテルとなった。ま、そんな事も、バブルとともに崩壊してしまったがそれは帰国後の話だ。そもそもその西武グループだっていまは・・・・・。

翌日、K氏に伴われて仕事場へ行く。帰国まで数日間のみアテンドをしてもらえる日本人だ。もうすぐクリスマスという時期なのだ。新年を日本で迎えるためにみんな帰りたいじゃないか。

仕事場に着き、さっそく直面した。空港に降り立ったときから、うすうすわかっていたことだ。ここでは、英語が通じないということを。貿易関係者にすら…。

英語圏ばかり旅していたわけではないので、英語が万能でないことくらいは良くわかっている。しかし、ここエルドラド空港、首都ボゴタの国際空港で、イミグレーションや税関で英語がまったく通じなかったのだ。

もともと日本人観光客はおろか、企業の出張所すら数えるくらいの国だ。パリからエアフランスで入国してくる、1ヵ月分の無精ひげを生やし、小汚い格好をした日本人。あやしげな国もふくめた、さまざまな入出国のスタンプがパスポートを埋め尽くしている。イスラエルなんて微妙なのもある。テロリストの疑いあり…。
話しかけても、返事をしない。何を言っているのかわからないからだ。はじめてのラテンアメリカがものめずらしてキョロキョロしているだけで、無視を決め込んでいる。わたしならこんな奴は、絶対に通さない。

やっと、係官もあきらめ顔で、スタンプを押してくれる。次は税関だ。荷物を開かせ、やはり理解不能の言語で、さかんに何か言っている。わたしはといえば、知っている言語で応答するのだが、もちろん通じない。そのうち税関職員がいろいろな手振りをはじめた。

腰のあたりで、掌を上に向けて、おいでおいでポーズをしたり。顔の前で親指と人差し指を、せわしげにこすったり。いろいろだ。いったい何を言いたいのだろう (わかってるくせに!)…、と、首をかしげてニコニコしていると、肩をすくめてから、手の甲を出口の方に何度か振り、はやく行っちまえというサインをした。それだけは何のサインかわかった。
そんなこんなで、やれやれ、空港から脱出。やっと、案内板をかかげたアテンド氏のところまでたどり着いた。

そう、ここコロンビアでは英語がほとんど通じないのだ。
いままで入国した国を思い出してみる。そうかもね…。そんな国もあるよね…。でも、まあ、仕事に来たわけだから…仕事の相手は貿易関係者だから、片言でも英語くらい話すだろう…。
…という希望は、翌日簡単に裏切られた。この国では英語は通じないのだ。

旅行ならば良い。身振り手振りと地面に絵を書きながら、南インドの田舎町を旅したこともある。おんぼろバスで中央アジアを越え、イスタンブールまで行ったこともある。でも、遊びじゃない。これでは仕事にならない。

で、さっそくお願いした。スペイン語を習いたい。家庭教師を探してほしい、と。その時に決めたことがある。辞書と文法書は持たない。会話だけを覚えてみよう。
だってそうだろう?中高で学んだ英語では、読み・書き・話すの順番で得意だ。大学で習得した(はずの)ドイツ語にいたっては、辞書があればたいていの難解な思想書も読めるが、会話どころかもはや言葉すら出てこない。実は、一度、「口移しで会話だけを覚える」ということを、やってみたかったのだ。

その結果はどうだったかって?…いまだに、ほとんど文盲状態だ。でもだいじょうぶだよ。離れて久しいが、言葉は忘れず、かってに口から出てくる。

幸い、多少英語が話せるという家庭教師を探してもらいコロンビア初日は終了した。

いいぞいいぞ、楽しみだぞ。望むところだとも。その日から、希望どおりの「Sense of Wonder」に満ちた刺激的で非日常的な日々が始まったのだ。